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2017_11
01
(Wed)09:02

金沢らしさとは何か

金沢は武家文化の街。

最近こういう謳い文句がよく聞かれるようになった。
山出前市長や秋元氏(21世紀美術館・元館長)の本にも、
金沢は「武家文化をベースとした創造文化都市」と書いてある。

金沢を評価してくれるのはありがたいのだけど、
どうも江戸時代に人口の過半数を占めたという町民らによる
狭い町家や路地を舞台とした町という側面が、
全く無視されているのではないか?と違和感を感じている。


自分のなかの金沢らしさとは、そんな雑然とした旧城下町で
庶民の生活によって作られた『情緒』にあったのではないかと思う。

それは表面的な美しさではなく、生活の匂いだとか
もっと奥行きが感じられるものだと思うのだけど、
近年金沢で注目されるのはモダンな建物だったり、
アートを気取った工芸品だったり、
地元民もよく知らない金沢グルメだったりと、
なにやら派手で分かりやすいものばかりだ。

一方で、本来の「人間味のある路地裏の風景」なんて
金沢の一体どこに残っているのだろう?


20111101-1.jpg

金沢の伝統的な町家は細長く、
間口は二〜三間(3.6〜5.4m)程度で、敷地面積は30坪ほど。
非常に狭い街路沿いに、そんな細長い建物がひしめくように建っていた。
江戸時代の人口密度は地域によっては
100メートル四方で最大800人程にまで達していたという。

昭和の終わり頃までは、その時代の名残をとどめた城下町の街並みが
まとまって残っていたように思うのだけど、今はあまり残っていない。
遊郭の街並みなどが観光地に残る以外は
どん詰まりの路地裏などに少々見られる程度だ。

20111101-2.jpg

自分の幼少期は昭和の終わり〜平成の初め頃になるが、
その時代でも放課後に子供同士で駄菓子屋に立ち寄ったり、
用水や神社で遊ぶことはあった。尾山神社や本多の森は
単なる観光地ではなく、子どもたちの遊び場でもあった。
旧城下町は今より庶民の生活の場所であったのだ。

20111101-3.jpg

しかし、今の金沢の観光地で地元の子供たちが遊ぶ姿を見るだろうか。
竪町をぶらつく中高生ですら今や少ないのではないか。

20111101-4.jpg


その辺りに『今の金沢の問題』が凝縮されているように思う。

「昔ながらの町家の不便な生活に戻れ」と主張しているワケではないのだけど、
旧城下町から市民の生活感が薄れていることに、強い懸念を感じています。
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C.O.M.M.E.N.T

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